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大阪地方裁判所 平成9年(タ)242号 判決

原告

X

右訴訟代理人弁護士

平山明彦

被告

Y

右法定代理人親権者母

Z

右訴訟代理人弁護士

金井塚康弘

主文

一  被告が原告の嫡出子であることを否認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

主文同旨

第二  事案の概要

本件は、原告が、Zと原告との婚姻中に出産した被告に対し、原告とZの子ではないとしてその嫡出性の否認を求めた事案である。

一  前提事実

証拠(甲一、一六の1、2、乙一三、一九)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。

1  原告とZは、平成四年三月三一日に婚姻した。

2  右婚姻後、原告とZの間には、子供ができなかったため、Zは、平成五年からA、Bにおいて不妊治療を受け、平成六年からはCにおいても不妊治療を受けるようになった。Cでは、体外受精・胚移植及び凍結胚移植を合計五回行ったが、一度妊娠反応が出たものの流産し、後の四回は妊娠にも至らなかった。

3  Zは、平成八年五月、右医療機関とは別の医療機関において、第三者の精子を用いた人工授精を行った結果、妊娠し、平成九年一月二七日、被告を出産した。

なお、原告は、Zの妊娠を不貞行為によるものと主張している。しかし、その根拠とするところは、訴外Dとの交際を窺わせる手紙の存在、カレンダーの末尾にEなる人物の電話番号が記載されていること、Eとの交際を窺わせる記載のある書面が存在したこと、Zが、妊娠した平成八年五月中旬ころ外泊したことにすぎず、いずれも十分な裏付けを欠くばかりか、これらの事実から、直ちに不貞を推認することはできない。そして、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

二  争点

1  Zが第三者の精子を用いた人工授精ないし体外受精(以下「人工授精等」という。)による妊娠、出産を行うことについて、原告が事前に包括的に承認したか。

この点について、被告は、原告が事前に右承認をしたことは、次の点から明らかであると主張している。

(一) 原告とZは、互いに相談して、平成五年ころから、A、B及びCにおいて不妊治療を受けていた。

そして、Zは、右各医療機関における不妊治療の経過についてその都度原告に報告しており、原告の精子にも不妊の原因があること、配偶者の精子に問題がある場合には第三者の精子を用いた人工授精等により妊娠に至る方法があること等についても原告に説明していた。

(二) 原告とZは、高齢であり、双方ともに不妊の原因があったため、平成八年前半の各排卵期が妊娠の最後の機会ともいえるものであったから、原告は、この時期における第三者の精子を用いての人工授精等による妊娠、出産を包括的に承認していたといえる。

(三) 原告がCに人工授精等のために自己の精子を持参したのは、平成六年から平成七年九月までの三回だけであり、精子の授精能力は射精後二四時間であるから、Zの妊娠した平成八年五月には、原告の精子は授精に供することができないことが明らかであった。

にもかかわらず、原告は、Zから人工授精により妊娠した旨の報告を受けた際に、自分がいつ提供した精子であるか等について質問することなく右報告を受け入れたことからすれば、原告は第三者の精子を用いての人工授精等を承認していたと考えられる。

(四) 原告の精子による人工授精等はいずれも不成功に終わっており、原告は、そのような経過を踏まえた上で再び人工授精する旨をZから告げられていた。

(五) 原告とZは、平成六年末ころから離婚状態にあったが、高齢で結婚した体面上、離婚届を提出できないまま性的交渉もなく単に同居しているだけの関係であり、Zが妊娠するにあたり原告の精子を使用することに特別の意味はなかった。

(六) 原告は、平成七年九月を最後に精子を提供しないまま、平成八年三月にZから人工授精する旨を告げられ、これに同意した。

(七) Zが第三者の精子による人工授精のビデオ映像を見てその話を原告にしたところ、原告は、格別これに反対しなかった。

(八) 原告は、自ら積極的に被告の命名をなした。

2  原告は、被告の出生後、被告を自己の嫡出子として承認する旨の意思表示をしたか。

この点について、被告は、原告が右承認をなしたことは次の点から明らかであると主張している。すなわち、原告は、Zが反対したにもかかわらず、被告を「F」を命名し、姉ら親族に伝え、自分の子供としてZから奪い取ってまでも育てようとし、また、被告の出生届を自ら提出した。

他方、原告は、被告を自己の子供と全く疑っていなかったために被告を命名し、出生届も提出したのであるから、これらの行為をもって被告を嫡出子であると承認したとはいえないと主張している。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  証拠(甲一、一六の1、2、乙四、一九)からすると、ZがA、B及びCにおいて不妊治療を受け、Cにおいて五回の人工授精等を行ったが、いずれも失敗に終わったこと、原告がこれらの事実を知っていたこと、原告が人工授精等のために自己の精子を提供したのは平成七年九月が最後であること、精子の授精しうるのは射精後二四時間であること、以上のことが認められる。

しかし、証拠(甲九、一四、乙一三、一八)によると、体外受精において余った授精卵は冷凍保存しておいて、それを用いて体外受精・胚移植をなすことも可能であること、Zも平成七年に流産した後、同年から翌年にかけて冷凍保存しておいた卵を用いて子をつくる旨原告に伝えていることが認められる。そうすると、Zの不妊治療を行っていたことや人工授精等が失敗に終わったことを知っていた原告が、Zから人工授精等をする旨を告げられていたとしても、なお、その妊娠を過去に自己の提供した精子によるものと考えることがあながち不自然とはいえないし、原告は、そのように考えていたからこそZから妊娠したことの報告を受けたときに何ら質問をせず、また、被告の命名を自ら行ったとも考えられる。

そして、原告が、Zの不妊治療の経過や原告とZの双方が高齢であることなどから平成八年前半の排卵期が妊娠の最後の機会であると認識していたとしても、そのことから、原告が第三者の精子を用いての人工授精等による妊娠、出産を包括的に承認したとすることはできない。

2  被告は、原告とZとは平成六年末ころから離婚状態にあり、単に同居しているだけの関係であったから、原告としてはZが自己の精子により妊娠することに特別の意味はなかったと主張している。

しかし、原告とZとが離婚状態にあったのであれば、原告にはZが第三者の精子により妊娠した子についてその父となる理由はないともいえるのであるから、被告の主張は採用できない。

3  また、Zが第三者の精子による人工授精等の方法について原告に説明したと認めるに足りる証拠がないばかりでなく(なお、乙第一九号証には、「第三者の精子による人工授精等について原告に同意してもらったと思う。」旨の供述記載があるが、その内容は極めて曖昧であり、また、その供述内容を裏付ける証拠もない。)、証拠(甲四、一六の1、2、乙一九)及び弁論の全趣旨によると、第三者の精子による人工授精を行うときは夫と妻の署名押印した誓約書が手続上必要とされているにもかかわらず、原告はそのような誓約書を作成していないことが認められる。

4 以上の点に照らすと、原告がZの人工授精等による妊娠、出産を事前に包括的に承認したと認めることはできない。

二  争点2について

証拠(甲三、一六の2)によると、原告が、Zの反対を押し切って被告をFと命名したこと、その出生届を提出したこと、原告が被告の兎唇を治すために手術費用を工面しようとしたことが認められる。

しかし、これらの事実を考慮しても、原告が被告を自己の嫡出子として承認する旨の意思表示をなしたと認めることはできないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

三  まとめ

よって、原告の本件請求は理由がある。

(裁判長裁判官小佐田潔 裁判官小林宏司 裁判官角谷昌毅)

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